モキチトラットリア30年の物語

若い頃、大好きなカフェやレストランは決まってもう何十年もそこに存在しているお店でした。歴史や時間が宿す独特の空気感に魅了されてしまうのです。そんなお店に憧れ、そしてその存在は到底追いつくことなど出来ない、自分達のずっと先にあるものだと感じていました。モキチトラットリアは気づけば今年30周年を迎えます。憧れていたお店や空間と同じような年になったことにジワジワと感慨が押し寄せます。この店の30年は、熊澤酒造の歩んで来た道そのもの。時代の必要性や自分達の成長と共に、しなやかに形を変えてきました。その姿は長い時間をかけて新しい樹や小川の流れを作りながら一つの集合体となって変化していく森のようです。そんな30年の歴史をここで一度振り返ってみたいと思います。

オープン当初のファサード
廃業寸前だった1990年代前半、蔵元は蔵の復興をかけて新しい日本酒造りに挑みます。そしてそれができるまでの間を持ちこたえ、日本酒との両輪で支えるために立ち上げを決めたのが湘南ビールです。1996年ドイツ人ブラウマイスターをスカウトして醸造を開始し、ようやく完成したビールを提供する店として、現在のベーカリーとカフェがある場所に「ビアパブ湘南麦酒蔵」が11月にオープンしました。ここがモキチトラットリアの原点となります。

オープン当初の殺風景な入り口通路

湘南麦酒蔵全景
とはいえ、当時は社員5名の造り酒屋で蔵元は20代半ば、レストラン事業は全くの素人でした。ビールの立ち上げに注力するため、店の立ち上げ準備はコンサルタントに依頼し、提案通りに進めざるを得ませんでした。料理はほとんどが未経験者でもこなせるメニューを、知り合いの料理長に作成してもらいました。コンサルからは「お皿やインテリア、照明はさて、どれにしますか?」とカタログが渡され、ベルトコンベアに乗っているような妙な感じ。結局、何の変哲もない予定調和的な空間になってしまった店内を見て、これは自分が作りたいものではないと、無謀にも急遽開業前にコンサル契約を解除し、それでもなんとか開業に漕ぎつけましたが、自分の思い描いていた空間とはほど遠いものでした。

オープン当初の店内 1階(左) 2階(右)
そんな時出会ったのが小田原のケムリデザインでした。同世代でデザイン事務所を立ち上げたばかりの彼らと意気投合し、和紙を使ったオブジェのような照明器具を依頼。店に命が吹き込まれた瞬間でした。心強いデザイン面のパートナーとの出会いとなり、少しずつインテリアを自分好みに変えていきました。翌1997年の春には酒蔵の使用済みの道具で椅子・テーブルを製作しガーデン席を開設、秋には当時通っていた大好きな鎌倉のカフェ・ミルクホールに依頼して、定期的に骨董市を敷地内で開催してもらいました。振り返ると、照明・家具・古物・・・自分の“好き”を集めたパラダイスを作りたいという想いは当初から少しも変わることはなく、それが時代の必要性や人との出会いによって変化しながら続いて、今があるというわけです。

リニューアル後の2階店内(現モキチベーカー&スイーツ)
1998年、洋食のシェフの加入とともに居酒屋風のビアパブからメニューもアップグレードし、フレンチやイタリアンの要素も取り入れたジャンルレスな店となり、翌年には第一回オクトーバーフェストも開催してようやく軌道に乗ったかに見えました。しかしその年の飲酒運転による規制強化に伴って、店やビールの出荷にも逆風が吹き荒れ、お客様の足も遠のいてしまいます。
2000年、その打開策として湘南ビール酵母を使ったベーカリー(現モキチベーカー&スイーツ)をスタートさせました(熊澤通信11号参照)。同時に湘南麦酒蔵も焼きたてパンを提供するベーカリーレストランへと変化していきます。

緑豊かに形を変えた入口通路
ビールとパンは同じ麦を使った発酵食品同士、相性も良く好評で再び敷地にお客様が戻ってきました。その頃、殺風景で緑が殆ど見当たらなかった敷地の大改革が始まります。それまで店内の植物類をお願いしていたお花屋さんの船平さんに庭作りも依頼し、コンクリートの入口には温かみのある枕木を敷くことにしました。今ではミモザが見事に咲き誇る入口のアーチもこの時に出来たものです。植物達が悠々と生い茂る現在の、「よろこびがつづいていく庭」造りはこの頃から始まりました。

モキチトラットリアにリニューアルした入口ファサード
空間について
2004年、湘南麦酒蔵は更なるグレードアップを目指し、リニューアル工事により「モキチトラットリア」に名称を変更しました。ここから、蔵元が表現するイタリアンの店を目指していくことになります。
店は湘南麦酒蔵としてオープンした当初のレトロな雰囲気から、和モダンな空間への脱皮を図りました。シンボリックな酒蓋を加工したテーブルもスッキリと四角に加工、2階にあった狭小なキッズルームを地下の大空間に移動し、ファミリーも利用しやすく且つ一般スペースとの自然な分離がなされました。

スッキリとモダンになった店内(2階)
敷地全体も、入口アーチを増設しワクワク感を演出、中庭や店舗前のファサードに枕木や大谷石を使用し本来のカジュアル路線に併せて、クラフトマンシップとリゾート感が漂う空間へと変化していきました。それでも、熊澤の流儀は外しません!この時使用した大量の木材は近隣の材木屋さんや地方の酒蔵を回り不用品を譲り受け、処分に困った大量の大谷石があると聞けばトラックで引き取りに回って集めてきた戦利品でした。こうして、唯一無二なモキチ的空間が出来上がりました。
料理について

代名詞となるピザ窯の登場
料理もまた30年間でさまざまに変化してきました。ビアパブとしてスタートした30年前は、言ってみれば“蔵元風居酒屋”。ビールに合う素朴なメニューを和食の職人が作っていました。その後洋食のシェフの加入でイタリアンが始まりモキチの原型となりますが、代名詞であるピザが始まるのはモキチトラットリアとなった2004年のピザ窯の導入からです。当時は薪も自家製。市内で伐採された木材を引き取り、敷地内で薪割りをして焼き上げたピザの美味しさは、当時格別なものでした。

また、パスタは2007年からモチモチの生麺に。パンの技術を応用し幾度となく試作と試食を重ねて、都会的ではないけれど旬の素材を合わせた蔵元らしい生パスタが生まれました。季節や湿度などで生地や麺の状態は変わるので、最初の数年はその塩梅に苦労を重ねましたが、その経験が今のモキチのイタリアンに繋がっています。
同年地元の豚を使ったソーセージ作りも開始し、醗酵技術やクラフトマンシップにこだわったメニュー開発に取り組みました。料理がどの様に変化しても芯にあるのは蔵元らしさ。私たちらしい調理法で可能な限り地産地消のオリジナルな料理をご提供したいという想いは、これからも変わることはありません。

モキチのテラス席のはじまりはここから
移転オープン
2014年。鎌倉にある菅原通済の自邸と文庫蔵をご縁あって敷地内に移転、大改修工事の末モキチトラットリアは移転オープンしました。(P08〜を参照)それから10年以上がたち、今ではすっかりこの敷地の大黒柱のような佇まいです。この建物との出会いも、そしてそこから始まった新たなモキチトラットリアの姿も30年前には想像もできませんでした。

現モキチトラットリア
お友達同士で、何世代ものファミリーで、そして人生の門出に・・と様々なシーンでご利用いただけるのは、30年の間に様々に変化してきたこの店の余白が生むしなやかさなのかもしれません。これからも、建物が内包する懐の深さを日々感じながら、そのパワーに負けない熱量の料理とサービスでお客様をお迎えして参ります。そして次の10年はどのように変化していくのでしょうか?モキチトラットリアと熊澤酒造という集合体が、今よりさらに深い森となっていることをご期待ください!