酒米プロジェクトインタビュー -田植え後の足音-
前回の熊澤通信でお伝えした、酒米プロジェクト。田んぼを広げ、ゆくゆくはすべての酒造りに必要な酒米を地元の田んぼでまかなうというお話でした。さて、少しばかり時間を戻した2020年初秋。いよいよ稲刈りの日です。
「地球から切り離すように、やってみてください。刈った稲を束ねる作業は弥生時代から続くフラワーアレンジメントですね。ちょうちょう結びはゆったりとした気持ちでやってください。」と我らの酒米プロジェクトリーダー、農太郎のゆらり節で始まります。
九月某日。稲刈りの日。
この日集まった有志の社員(名付けて熊澤酒造農業部員)達は初めは慣れない手つきでも、そのうち力強く稲を刈り、だんだんと素早く束ねられるようになっていきます。人海戦術も手伝って数時間で軽トラいっぱいの稲が積み終わりました。刈った稲を干す「はざ掛け」の作業は酒蔵の敷地内で。金色の稲穂の束が整然と並ぶ姿は神々しくてちょっとした収穫祭のようです。この景色は今後酒造の初秋の風物詩になるに違いない。耳を澄ますと干したお米がしゃらしゃら、パチパチという。この日は快晴、無風。
それでもお米同士の小さな粒が密集すると、ほんの少しの空気の振動でもぶつかりあって、私たちにまで届く音を発しているようです。それがまるで「しっかりやれよ」のメッセージのようで、近い将来この何倍もの量の稲刈りに精を出すであろう私たちの未来に想いを馳せるひとときです。
田植えをしてから収穫までの間、酒米プロジェクトのリーダー、酒造部の五十嵐哲朗と農太郎こと渡邊幹は足しげく田んぼに通っていました。二人は以前尋ねた酒米づくりのパイオニアが「田植えの後はどれだけ足音を聞かせられるかだ」と教えてくれたという話を皮切りに、その「足音」の実態を語ってくれました。
―酒米プロジェクトで田植えから収穫まで、大変だったことは何でしょうか。
五十嵐 哲朗(以下:五十嵐)
田植えからというより、その前からプロジェクトは始まっていました。まず米作りのノウハウも経験もない我々に田んぼ自体を借してくれるところがあるのかさえ怪しかったんです。まず田んぼを借りる、ここからでした。地主で農家の常盤さんも、始めは簡単には「ウン」と言ってくれなかったんです。だから何故現在酒米づくりをしたいのか、何を目指しているのかを理解してもらう必要があったし、そういう工夫を二人でしていって、「じゃあやってみろよ」というところまでこぎ着けました。話が決まると、結局土づくりから機械をいれることまで、経験がない私たちの面倒を見てくださったんです。
渡邉 幹(以下:農太郎)
他にもこの地域の水が回ってくるタイミングなどを踏まえてスケジュールを一緒に考えてくれた。地域のレジェンド農家さんだったんです!本当に人に恵まれていました。たくさんアドバイスを頂いた。
五十嵐
あの地域で一番の凄腕だよね。
農太郎
そうそう。苗づくりから、田植えの日も一緒に決めたし、酒米の肥料とか、そのブレンドの仕方を教えてもらったり。日々試行錯誤だったから心強かったですよ。
―なるほど、人にも恵まれたんですね。それでは、あの地域で若手はいるのですか?
五十嵐
若手は大竹さんがいます。彼はずっと熊澤の酒米をやってくれています。『河童シリーズ』で純米吟醸を仕込んだときの、初の茅ヶ崎産酒米は大竹さんの米なんです。新参者が一から田んぼをやって広げていくにはどうすればいいか大竹さんのアドバイスにもとても助けられました。
―植えた後から稲刈りまでの管理は?
農太郎
植えた後は水の管理が大事。入ってるか入ってないか位でキープした方がいいとか、細かいノウハウがあるんですけど、我々はたっぷり入っているイメージがあるので、この水位で本当にいいのかな?と不安になる。そういうのが色々とありました。
―常磐さんがそれも教えてくれたのですか?
農太郎
そうですね。この時期は浅い方がいいよとか、この時期に深くしたほうがいいよとか。その田んぼ特有の調整が必要なんです。
―その土地の特徴ってあるのでしょうか?
農太郎
あそこの土地の特徴は、川の水がいいんですよね?
五十嵐
はい、いい水です。小出川。隣接して二つの川が流れている土地なんです。
農太郎
だから同じ地域でも少し離れると水質の違う川の水になります。そうすると地域の中でもお米の味が変わってくるんです。
熊澤茂吉(以下:熊澤)
この地域で作ったお米でお酒も造るということは、米を作る水と酒を造る水が同じ水質、水脈になる。同じ水で、米も酒も造れるということですね。
五十嵐
それはすごいことなんです。
―自分たちの手で米作りをすることで、お酒も味が変わっていくんですね。
五十嵐/農太郎
変わるでしょう。
五十嵐
目標のお酒をこうしたいというのがあったら、それに向けてどういうお米をどのように作っていけばいいのかというところまで結びつけて考えてゆくことができる。すると将来的にここだけにしかない、オリジナリティのあるお酒が造っていけるようになる。それが一番かな、と思っています。
農太郎
あとは耕作放棄地、農家の跡継ぎ問題もあるので、そういった理想のお酒が米作りから酒造りまで出来るようになったら、田んぼを増やしていって地域の農業の活性化にも繋がって行きますよね。
今回、我々が作った田んぼを見て、常磐さんがすごくいい出来だって言ってくださったんです。少しずつだけど信頼が育まれているのかなという自信になった。それでゆくゆくは地域の農家さんが熊澤酒造にだったら田んぼを借したいな、と思ってくれたらいい。
それを意識して、丁寧に小さい田んぼをやりました。
―丁寧に信頼を育む、というところにお二人のご苦労があって、小さな田んぼは無事収穫を迎えられたのですね。なにはともあれ、みんな楽しそうでしたよね。
熊澤
その苦労が実際にお酒になると、全貌が観えてくるから、愛情が湧くだろうね。
―田んぼを広げていって、酒蔵部で全て管理していくのですか?
五十嵐
全部はきっと難しい。地域で契約農家さんとして一緒に作っていってくれる同世代の方々がいれば有り難いです。つまりそういう人達、仲間を増やしていきたいという意識でやっています。それと、自分たちも米作りに参加することで、農家さんと米作りの話を対等にできるくらいの技術を持ち、理想の酒造りをするためにどんな米にしていきたいかという話がしっかりできるようになりたい。すると農家さんも酒造りを一緒にやっている感覚で酒米作りをしてくれる。そんなグループを作っていきたいですね。
農太郎
お米にタンパク質がどれくらい入っているかがお酒の味にすごく影響します。タンパク質は分解していくとチッ素という肥料分になりますが、それが多いとお酒になった時に非常に雑味が出できてしまう。なのでタンパク質含有量を少なくすることをすごく意識しています。酒米の場合、肥料は多ければいいというものではなく、そこを上手に出来る農家さんと情報交換が出来ると有難いのです。食用米をやっている方は沢山穫れることが収入に直結しているのでそれを目指しますが、酒米になると目指していくところが変わってくるので、そこを理解してもらえる農家さんと酒米造りのための米作りの話がしたいわけです。
地域の田んぼを守りつつ、酒造りのための米作りを農家さんと繋がりながら行ってゆく。昔はあったはずの営みの輪が新しいカタチで繋がってゆきそうな、そんな嬉しい気配です。