古布に魅せられて
日本にも海外にもその土地の気候風土を反映し、生活の必需品として利用されてきた布があります。そういう働き者の布を見ると、それまでの活躍とこれからの未来を想像してつい手に取り、気づけば随分色々な布が集まってきてしまいました。酒造の敷地内でも色々な場面を彩っている古布達。そのいくつかをご紹介したいと思います。
まず、モキチカフェの一階大窓横の壁にかかっている、額装された大きな古布。これはカンタと呼ばれるインドのもの。宗教儀式の時に敷物として使ったり、赤ちゃんが生まれた時のおくるみなど家族の特別な時間を共にする布です。そして、子供が嫁入りの際にはお母さんの手仕事の温もりのあるこの布を、嫁入り道具として持たせる習慣があるそう。そこにはいくつになっても娘の幸せを願う母の祈りが込められているのでしょう。近づいて見てみるとその一針一針の細かさに驚かされます。
そしてこれを壁にかけてみると、奥深さと優しさを併せ持つ一つの絵画となったのです。カフェで過ごす上質な時間を邪魔せず、家族の大切な時間に寄り添ってきた柔軟さで、空間を包み込んでくれているようです。
素朴な古布にも目が離せません。天青へと向かう細道の漆喰壁の一部に大きな額縁のようなガラスが入っています。
そこにかかっているのは襤褸(らんる、通称ボロ)と呼ばれる日本の古布。使い古して破れてしまった布を剥ぎ合わせて一枚の大きな布にしたものですが、その直線的なパッチワークは抽象画のように美しい。物を大切に使い切ることが当たり前だった昔、古人が生活の術として行った作為のない作業から生まれたその布は、まるでモンドリアンの絵画のようで、現代に蘇って天青を訪れるお客様をお迎えしています。
今でも現役で働いている古布もあります。かつて酒造りの工程は全て手作業で行われ、色々な場面で布が利用されていました。しかし機械化と共に役目を終えたものも多く、酒を搾るのに使われた酒袋もその一つ。そこで、天青ではそれをリメイクして今でも利用しています。椅子に置かれているこげ茶色の薄いクッションや、お会計時のコイントレーに敷いてある布がそうです。お酒を搾るための布ですから当然強度は折り紙つき。防水性にも優れ長年敷物として利用していてもくたびれることもありません。他にも、席の間を仕切っている暖簾のような古布も酒造りに使われていたもので、気配を感じる程度の個室感を演出しています。前号の表紙の絵も実はこの布に描いていただいたものです。働き者の古布達は開店以来一日も欠かすことなく働いてくれています。
人々の生活の道具として利用されてきた古布達。母が愛情を注いで大切に作られた布も、素朴で質実剛健な生活道具の布も、それを引き継いだ私達の創意工夫で現代に生かして楽しめば、新たな価値を生んでいく。私達がそれを感じる心と目を失わなければ、この先の未来にも繋いでいける宝物なのです。